「自ら非を認めること」中国では、おそらくそのような概念がそもそもないと思われる。自分は皇帝であり世界を統率するというのは、昔はナポレオンやカエサル(J・シーザー)今のトルコに至るまで世界を制覇したチンギス・ハーンであればそうだったろう。しかし現代世界でそのような野望を持ち実行するなぞ狂人でしかない。実は中国では誤った歴史観を持っている狂人が現実の世の中を牛耳っている。K.Sとイニシャルで呼ぼう。最近M1でK.S.Dという言葉を編み出して人気が出た漫才コンビがいたけど、本当はK.I.Uが正解である。それはともかく今北京の中南海で起きている事は世界が知り得ない出来事で、それだけにフェイク・ニュースが飛び交う羽目になっているのだ。人民解放軍という軍部の北部地区の80集団軍や82集団軍が北京郊外に展開しているという不確定な情報があるが、実際に張副主席や劉その他軍部の主要な指導者が拘束されている事実は、彼らの指揮下でずっと指導されてきた将校や下士官がそのまま受け入れるはずがないのは容易に想像できる。82集団軍は張直属の部隊である。
1989年天安門に集まった学生や労働者の群衆に対し命令を受けた戦車軍が対峙したが第38集団軍(38軍)の徐勤先軍長は、人民への武力行使(北京への強行突入・鎮圧命令)に「人民に武器を向けることはできない」と拒否し、解任された。この時の北京軍区所属の第38集団軍は(現在は第82集団軍に改編)は、首都防衛の主力であった。1989年5月の戒厳令下、徐勤先(じょ・きんせん)軍長は軍のトップとして出動を命じられたが、政治的解決を主張し拒否し、その後、軍規律違反、命令拒否を受け、徐軍長は解任され、張美遠副軍長らが部隊を引き継いだ。6月4日の強制鎮圧において、軍の部隊は民衆に対して発砲し、天安門広場を制圧した。
写真は1989年天安門事件のタンクの前にたちはだかる男性を写したWSJの記事から
尚、この有名になったタンクマンの画像について真偽が確定していないが、この広場での犠牲者についての情報も未だ正確には報道されてはいない。
毛沢東の時には林彪。天安門事件の時は鄧小平で、胡耀邦と趙紫陽が失脚した。趙は学生を含む市民の方に向いていた。それが天安門事件につながっている。今回の張副主席は周の台湾併合に反対する立場を一貫して取っていた。しかし軍部は周より張の側に付いているようだ。2月中頃になろうとしているのに、今だに様々な憶測が広がっている。





