「私達は、考えるだけでなく、感じることも出来るのだ」(ミッシェル・バタイユ「クリスマス・ツリー」より)私が若いころ、この小説をクリスマスまで一ヶ月かけて読み進めていくということをずっとしていた。
11月21日から22日にかけて私は、故郷の下北山村で林業研修に参加していた。近隣の府県から林業従事者だけでなく結構たくさんの人が集まっていて、こんな集まりもいいもんだと思い投稿することにした。
ただ世界は、相変わらずコロナ禍で人々が右往左往している姿が見られ(香港の民主化を進める若者達も収監されたままだ)、人類はまさに試されている。
もうすぐクリスマスを迎え、本当なら街中のイルミネーションにうっとりしたり、ジングルベルの音に恋人達も肩を寄り添ってゆったり過ごすのがこの12月のはずだった。でも今年の12月は違った。新型コロナの波が世界中を覆っているからだ。
私がまだ小学生の頃、今はもうない当時住んでいた旅館の向かいの家(県営住宅)は建ったばっかりで、かまどのある台所の扉を開ければ直ぐに裏山に通じる石段があり、12月に入ればいつも決まって山に一人入って1メートルくらいの樅の木を切ってきて鉢植えにして、点滅するイルミネーションやら一通りの飾り付けをするのが慣わしになっていた。東京オリンピックを控えた頃の私達の暮らしぶりは、とても満足いくものだった。それは森林がもつ力というか、神秘的な自然の脅威に取り巻かれていたからだろう。人々は台風や様々な災害などにもタフに生き抜いていたに違いない。そんなに豊かでなくてもそれなりに充実していた。動物達も人も共存することが出来た時代だった。
父が買ってきたパット・ブーンのレコード「ホワイト・クリスマス」をターンテーブルに置き、かける。どこの家々にも雪が降り積り、子供は雪合戦したり、遅くまで遊んで帰る。煙突の煙が、夕食のご飯の時間を告げる。家の中では、決まって炬燵に入り蜜柑付きなどのゲームをして過ごす。
雪はどの家にも等しく降り続ける........
林業研修で各地から下北山村に集まった林業男子&女子
※ 写真は、杉の木の含水率を測っているところです。そして、研修風景をYouTube
Forest Shimokita で見れます。ピタゴラスの三角定理とか…
0 件のコメント:
コメントを投稿