2020年12月18日金曜日

楽器を作る人

    今年初めだったと思う、あれは。私はいつも休日には市内の山の近くまでバイクを走らせて適当な場所に止めた後、そこから散歩をすることを日課にしている。そこは知る人ぞ知る「山ノ辺の道」と言って日本最古の道である。よってそこかしこに万葉の歌碑があってそれこそ古(いにしえ)の人々の息吹を感じることもできる。いつだったかその道の傍に古い屋敷があって、時々明かりがついて何か工作機械で木工品を作っているのが気になっていた。

 そして冒頭の今年初めに戻るのだけど、その屋敷のそばの畑の八朔(はっさく)の木によじ登るようにおばあさんが八朔を獲っていたので、危なっかしいという気も手伝い、側に行ってしばらくおばあさんの手伝いをして上げた。その方がその屋敷の大家さんだと後で知って、工作しているのは「拍子木」だと教えてくれた。それから半年以上が過ぎ、先月今度はおじいさんがそこで野焼きをしていて、一度寄っていいか聞くと、本人が喜ぶからぜひそうしたらいい、と言ってくれその拍子木を作る人に挨拶をすることになった。八十代半ばだろうか。

 拍子木がどんな木で作るかなんて殆どの人は知らないはずだ。私も拍子木を叩いたことはあっても木の素材は知らなかった。紫檀(したん)と黒檀(こくたん)、それに花梨(かりん)なのだそうだが、我が国は全て輸入に頼っている。昔はタイからが多かったが、取り尽くしたせいかタイからはもう輸入出来なくなっている、その代わりベトナムやミャンマーに頼っているらしいが、仏壇に使う紫檀などの原木があるという情報を得れば手に入れてまかなっていたそうだ。現在では住居の周りのいくつかの倉庫はそういった原木やその原木を拍子木の大きさに加工した加工品が所狭しと積み木のように積み上げられている。

 最近その人は工作部屋に朝から電気を点けていたので二度目の訪問をした。今では製作は工作機械に頼るとのことであるが、コロナ禍で今年1月から製作はストップしているのが実情である。以前は鉋(かんな)で四隅や溝を削ったりしていたものを、今は機械のプレナーでやる。そして漆で製品を塗っていた吹き付けも、今はエアスプレーガンに頼っている、と拍子木作りも機械化したことが分かった。日本の樫の木が安くて大量に代用できるのであるが、儲けにならないのだそうだ。それにやっぱり「音」が違う。あの独特のキーンという音がでない。

 そこで私は、玩具で、しかも知育にもなる楽器を考案しておじいさんに提案しようと考えている。恐らくであるが、この人は日本でただ一人の拍子木makerではないのだろうか?よく京都にも漆職人や細かい食器を手作りする職人がいるが、私はこの人もそういった人間国宝並みの人ではないかと紹介する次第である。

               隠れた拍子木の工房

BoA (メリクリ〜懐かしの一曲)
2004年12月にリリースされたこの曲は、ちょうどその頃私と彼女がクリスマス・イブ
を二人きりで過ごすことになった思い出の曲でもある。

           

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