2025年10月16日木曜日

あなたに

  ちょうど去年の今頃実家に帰ると、そのタイミングで母が私宛の手紙を渡してくれた。表には朱書きで親展としてある。受け取ったものの、誰だろう?と首を傾げつつ、部屋で封を開けてみる。最初聞きなれない女性だと思ったら違った。あなたのペンネームだった。笑。忘年会のお誘いの案内だったけど、直ぐにそれは口実だと分かった。でも丁寧な万年筆のペン使いや、内容を読むうちに少し涙ぐんでしまってた。私が別居していることを見破っていたし、娘と買い物に行ったことも、夢とは言え見ているようだったから驚いたわ。そして部屋であなたと過ごしたことも思い出したし、借りたゲームのCDとかも思い出したし、他にも電子辞書とか、直ぐに使わなくなったけど小さなプレイヤーとかも。奈良公園や當麻寺、大台ヶ原。忘れてないわ。今なら當麻寺が秋の景色で、そろそろ冬になっていく大台ヶ原山。あまりに色んなことが重なってそんな思い出も打ち消されそうになるけど、それなりに私の人生を「再構築する」ことに努めているわ。一年前に受け取って、そのままにしておいてご免なさい。「20年後」てあったけど、私たち本当に20年も経ってしまったんだね。ほんとに待ってたの?以前読んだ童話はよく描けていたわ。それから「奇跡の星」も読んだ。「花束」はちょっぴり恥ずかしくなっちゃったけど…。同封していた薔薇の蕾には何か意味があるのかしら?そして図書カードはまだ使わないで引き出しに入れたまま。本屋さんには時々行くことがあるけど、出会わないね、なかなか。まだ時期が来てないということなんだと思う。暑い暑いと思っていた夏もあっという間に秋になったし、これから寒くなるから風邪引かないでね。ありがとう。とっても嬉しかったよ。三十五

                       写真は、本屋さんの芸術の棚に飾ってあるゴッホ関連の本の横にあるチラシ

 ほんとに色々あって当然だよね20年だから。ところで三十五のお父さんは東京単身赴任だったからいずれ袂を分つ日が来るんじゃないかって、そんなふうに勝手に思ってた。そのせいでお母さんも少し病気がちになったんじゃないかなぁ….。それからさ男の子はうちの息子もそうだけど扱いが難しいところがあると思う。ただ話せばきっと分かり合えるはず。童話に書いたけど、退職してのアジア旅行は息子に対する贖罪でもあったから。16年音信不通だった娘の方は。ひょんなことでつながった。日産の工場勤務でスマホが誤作動(サイバーで乗っ取られたかも?)起こしたことで横浜の所轄署に安否確認してもらって、無事だったけどスマホの連絡先が分かって、去年3月ごろに突然訪問を受けた。同じ日産車体の旦那と小さな赤ん坊も連れていた。苗字は息子と同じく母親姓を受け継いでいたけど。日産でピンと来たかも知れないけど、実は日本社会の縮図みたいな状況が彼女の家族の有様だよね。娘は気丈夫で会社辞めて育児とタクシー運転の両立を実行しているし、旦那もそろそろ第二弾のリストラ(或いは転勤)に差しかかっている。今、日本社会はかつてない程ギュウギュウしたような状況にあるんじゃないかなぁ?左派政権でとんでもない方向に舵を切っていたし、今から是正するにも与野党から圧力も半端ないときている。誰も責任を取らないし、やりたい放題が今の日本。三十五も感じているんじゃないん?もうギリギリのところまで来ていると感じているはず。だって山林を切り開いてそこにメガソーラーを構築する。大阪発の知事が全国の知事連と結託して中華の実質的支配を可能にしているという図式はもう10年以上進行しているから。熊が出没して熊よけに鈴鳴らすって?一昔前の話だわ効いたの。人を喰う熊は既に現実だから。でも子熊は撃っちゃダメだよ。必ず復讐するから。遅いんじゃないかもう?だけど分かってくれていると思うけど、ストーカーじゃないから三十五の生活は乱したくない。あの時と同じドアを開けて待っているだけ。それしか出来ない今も昔も。何が起きても展望は必ず開けるということは信じている。おれはお父さんに変わって三十五を大切にしていける。人は変わる。時代も変わる。でも変わらないものはあるよ。あ、それから薔薇の蕾はね、昔の映画「市民ケーン」の中で出てくるアイテムかな。去年職場の先輩の女性が仕事を辞めるのを知って、薔薇の花束を贈ったんやけど、その返しが図書カードだったってわけ。写メ撮るの忘れたけど、青の薔薇(サントリーのバイオ技術らしい)と赤い薔薇やピンクの薔薇など何種類の薔薇が重なった豪華なもの。十年前の退職の日に、全員が本部に呼ばれて、何があったか。最上階から一階まで各階の廊下を通り階段を降りるまでずっと全職員が出て花道を作ってくれて拍手を浴びるのよ。そんな光景は生まれて初めてやし、感動以外ない、そんな晴れの舞台に一人一人が包まれているのやった。それがおれの場合33年のほんとに最後のシメやったからお父さんに変わって晴れ姿を三十五に見せてやりたかったなぁ。けん

「どこに行ってたの?長旅だったね」

「ただいま」

「おかえり」


PS;33年3ヶ月続けられたのは私のおかげって言いたかった?でもさ当時辞める気なかったよ。きっと三十五の耳元で囁いた人がいて、決断したんだよね。結局三十五も辞める羽目になったんやけどさ、それはイレギュラーやったけど、三十五だったらどこでもやっていけるからな。いつも心の中では応援しているし、背中押しているから。三十五が言ってたよね、これ



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