2021年6月24日木曜日

誰と共有できるのだろうか、この思いは

     2019年4月に発生した被害者が多数の痛ましい交通事故を知らないものはいない。半年後被害者の夫である松永さんが募る思いを語ったが、もう片時も忘れることができない肉親を失って日に日に募るのは「虚しさ」とか「絶望」とかいうことだったろう。

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 「七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する」。「危険運転致死傷罪」の最高15年以下の半分程度の罰則でしかない。通り魔事件のような殺人鬼が次々街中で人を襲えば全く違った裁判になるはずである。上級国民と揶揄された男が起訴されたのは、自動車運転処罰法違反の中の「過失致死傷」である。当時高齢者による事故や暴走事故、煽り運転が注目されたが、高速道路上で煽り運転した男が乗用車を停止させ四人家族の父母の命を奪った事故を記憶している人も多いだろう。起こした人間を罰するにはとても信じられないほど罪が軽いと誰しも思ったとしても、罰則ではいちばん重い危険運転致死傷罪が認められ一審で懲役18年の判決が出ている。しかし結審は未だしていない。




 被告人の男には共有すら出来ないというのなら、どうすれば残りの人生を歩んでいけばいいのだろうか。池袋暴走事件と敢えて言いたいのは、単なる交通事故で片付けるにはあまりに悲惨な事故であり、事故の当事者であっても自分のこととして受け止めていないからに他ならない。もし被告人が反論するとして、「昔であれば死をもって償う」に値する程の出来事であるのを、法廷では無罪を主張しているのを被害者一人一人に分かり易く説明してもらいたい。法廷で「右足でブレーキペダルを踏んでいるにも関わらずスピードが出て」と説明したくだりは、歩行困難な程の障害があり、咄嗟の判断による制御ができない状態だったと思われる。今回松永さんは6月21日の東京地裁で飯塚幸三被告(90)に、妻真菜さん(31)同莉子ちゃん(3)のことをあらためて問うた。「妻と娘の名前を言えますか?」

「ドライブレコーダーの映像では衝突する前、莉子はあなたの方を見ている。どんな気持ちだったと思いますか」

「無罪を主張していますが」

被告人にも弁護士が付いているし、裁判ではある種法廷闘争の面があるだろうが、被害者の心情というものはそういう自己を利するばかりのやり方では推し量ることは出来ない。

 この日トヨタ自動車は異例のコメントを発表している。プリウスが暴走し多くの死傷者を出したからだ。「車両に異常や技術的な問題は認められなかった」。

 私は、松永さんの抱いた感情なり、思いを自分のこととして捉えることは出来ない。彼が味わった苦痛は想像を絶することであって、死をも覚悟したと伝えられているから、自分の生き甲斐である肉親を奪われた以上生き続けることは出来るか自問自答したはずだし、答えは死しかなかったはずであるから。それでも公判が続く以上堪えて傍聴するなり、記者会見をするなりして関わってきたのは、もう涙も枯れ果てて尚もどこかで自分が裁判を放棄することは出来ないとの思いからなんだろうと推測するだけだ。

 架空の話を作り上げるために想像力がいるというなら、小説なぞいらない。そして、ひとり被告人の彼がこの事故の原因を作ったとばかりは言えない。周りに存在する複数の人々、親族や医療関係者や友人などが、昔気質で意地っ張りな性格で少々説得するには難があるだろうが何らかの方法で自由の効かなくなった足で運転することを防ぎ、あれだけの死傷者を出さずに済んだかも知れない。そうはならなかったけれど、防ぐ努力は少なくとも出来たはずだ。

 松永さんは「誰が悪いんですか?」と聞いた。本人は「わからない」と答えている。この答えに松永さんは異論を唱える。

 時速96キロで加速したことになっているが、「アクセルを踏んでもいないのにエンジンが異常に高速回転し、加速した」「わたしの過失はない」と主張する。多くの目撃情報でもあれだけの速度で暴走したのだから車の方を誰もが注視したし、ブレーキランプは点いていなかったと、はっきり証言されている。ヒューマン・エラーではないと主張した彼が、それまでずっと愛車として「自己の乗用に供していた」プリウスが主たる原因だというからには根拠があるのだろうと誰しもが思った。もちろん警察も事故発生が運転する乗用車に起因する疑いがあれば、メーカーと共同で徹底的に「検証」を行う。科学的に技術的な問題となる要因を払拭しなければならないからだ。警察は事故車そのものは事故を誘発する技術的欠陥はないと結論づけている。車のせいにするのは本人だけではなく、弁護士も介入するから被告人側は「有罪を受けない」ためにする論拠としたかったのだろうと推測できる。その辺は、被害者が多数に上る今回の事件では被害者感情を逆撫でする効果しか出さないことも事実である。

 松永さんは敢えて言う。「心を鬼にして今日は言います。あなたに刑務所に入って欲しい。入る覚悟はありますか?」と問うた時に「あります」と答えた。さらに松永さんは「もし有罪になったら控訴しますか?」との問いには「なるべく控訴しないようにしたいと思う」と答えたものの、同じ質問を弁護士がすると「わかりません」と変遷している。

補追;2021年8月10日 松永さんは呼びかけている。「もう無益な争いは止めませんか?」と。

遺族(被害者)の悲痛な叫び声

補追;2021年8月28日 松永さん「一審で終わりにしませんか?」

Yahoo!ニュース 池袋暴走についての9月2日判決について

飯塚被告に実刑判決(東京地裁)2021年9月2日

私はこの判決でおかしいと感じるのは、「ブレーキを踏むはずをアクセルを踏んだ」という又もやブレーキとアクセルの踏み間違い(そんなものは通常有り得ないはず)を認定したことです。もしそれを認定するなら、科学的な論拠が欲しい。どちらかと言えば、「彼の足の運動能力が著しく低下したことでアクセルを踏み続けていた」が正解だと思われる。

飯塚被告、控訴へ 2021年9月6日 

法廷闘争に入ったということであるけれど、彼には、自分自身を認め続けていく人間の性(さが)というものを感じてしまうし、終着点がまだ見えない状況に被害者の方達の苛立ちも感じてしまう。


結局この裁判は、被告人が控訴しないことで結審した。(9月17日)

(産経Digitalより)



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