2025年11月29日土曜日

目まぐるしい年の瀬

    ここんとこ未だ11月なのに社会は忙しく、目まぐるしく動いている。例えば日本の政治情勢の他に大分の家屋及び山林火災が発生している。その夜どう言う訳か夢を見た。山の中にいて自分のいる所にすごい勢いで火の手が迫っている。誰か知らない男性が身体に水を被り火の中を脱出している。それを見て自分も脱出しようするが駄目、火の勢いが強すぎる。戻って水を全身に被り火の中に入って脱出するシーン。今度は帽子が流れてくる。それを杭にかけてやる。道を歩いているとまた帽子を拾う。夢はよく見る。この間は三十五の実家の中に小引出しがいっぱいある箪笥を見ている。あとで検索したらそれは桐製の昔の薬箱やった。どうしてそんな夢を見るんだろう。別の日にはトカゲやムカデの夢を見る。次には蛍の夢。それらは吉夢と言われている。そして三十五にやっと会えた。リクルートスーツに身を包んでいる様が凛々しかったが、アカデミックな風景の中に立っていた。会いに行くと終始笑顔で迎えてくれた。「今日はありがとうな」とお礼を言うと、「最近ね、そこのグランドの隅で工事してて気になってたんやけど、クラブハウス建つみたい」と教えてくれた。と言うことは、三十五は大学かなんかで語学と思うけど教えているのかと思った。11月の最後の日には、ヨットの夢を見た。昔ディンギーに乗りたいと思ってたからなのか、船艇には24℃の文字が。心地よい気温を示す温度やけど、夢って面白いね。三十五と別れてから、ある日スキーの夢を見たことがある。初めてやけどファンスキーに乗ってスイスイと滑っている、バックや回転をフツーにやってのけている自分がいた。それから面白そうやからファンスキーの板を買って初スキーをしたら、何と!夢の中みたいにスイスイと回転やバックスキーをしてしまっている自分がいて驚いたことを覚えている。三十五と滋賀に一度行ったけど、今度は冬じゃない時期に行きたい。見たい場所も結構多いけどさ、こんなのしてみたいな…..。

ウィングサップで水面を滑りたい

 今度は香港での大規模なビル火災。昔「タワーリング・インフェルノ」というスティーブ・マックイーン主演の映画を見たが、ヘリを利用して人々を救出するドラマであるが香港のビル火災は一帯にある8棟のビルが足場の竹や防護ネットや発泡スチロール等を通して燃え広がる状況が現実となった。ビルの形状が歯車のように凹んだ部分が丁度煙突のようになっており火の勢いを増したのだった。原因はタバコの火の不始末と言われて逮捕者が多数出ているが、アジアでは足場は主に竹を使うと知ったのは10年ほど前にアジア旅行した時に改装工事でそれを実際に見たからだった。

  Bloomberg の記事より

 今回の香港の火災では1月29日現在128名が亡くなり、200名以上が未だ行方不明の状況で、空前絶後と言っていい大惨事となった。

 そして自分は防犯の仕事の中で、女性タレント写真集をパクった男と対峙することになった。彼はスマホに愛娘の写真を入れていた。同じ離婚を経験した者として通じる面もあるのだろうが、そういう出来事の一瞬一瞬に人生の重大な局面が隠されている。もうすぐクリスマスで我が家ではツリーの灯を灯した。そして歳末を迎える。今年は良い年だったか、そうでなかったかはそれぞれが思い方が異なる。政治家で言えば、高市早苗や小野田紀美、榛葉和也などは声を揃えて良い年だったと言い切るはずだ。今までの政治家がいかにから元気で中身を持たないものだったか知れる。もし台湾有事となったら香港火災のような事態に留まらない。以前に書いたが、彼らは既に三峡ダムに狙いを定めているはずだ。ウクライナの比ではない。日米韓豪、そしてインドや欧州連合も巻き込む事態となるだるう。日本の野党は中国の支配にある。何年も先を見通し出来ない利益を求めるのみの企業は潰れるだろう。安泰を望んでもどこからランサムウェア攻撃があるか知れない。

 私はこの世から「関税」が消えたら良いと思っている者だ。そして「国境」というものがあるから国同士の争いが起きるようになった。以前「新しい国境 新しい地政学」という本を紹介したことがあるが、最初誰かが国の概念を構築し、その後に国境を引くようになった。海や陸でも違いがあるし、私が大学の頃に12カイリという概念や200浬である「排他的経済水域」という名称が出来たのだからそんな大昔の話じゃない。16世紀の大航海時代に人は海の向こうに何があるか興味を覚え、そして探求した。コペルニクスの地動説は考え方そのものを根底からひっくり返した。その先に今の私たちがいるのだ。

補追;明日の12月4日夕方から地元のいい番大きな病院に無呼吸症候群で入院することに。以前その病院にヘルニアの手術で入院したことがある。世の中が新型コロナの真最中、でも隣の人には奥さんが面会に来ていたのを見て羨ましかったのを覚えている。

そしてその4日当日の15時に入院すると、手続きを終えてから、それから外からの照会には応じても良いですかとの質問、いいですよもちろん。で、仮にもし僕が拒んだとして、警察からそれがあったら教えるのでしょうかと逆に質問したら、それは時と場合によりますけどねと笑って答えてくれた。

結局二泊の予定が計器が上手くmattingせずに一泊2日で終わった。今後も整体でテーピングで済ますつもり。本屋で見つけたけど、最近絆創膏で治療なんてのもあるしね。

2025年11月23日日曜日

ペルソナ・ノングラータ Persona non grata

    昔シドニー・ポアチエ主演の映画「招かれざる客」があったが、それがこの言葉。最近中国の外交官が日本で物議を醸し、向こうの外交の責任者と話し合う場面も映し出され、再び物議を醸すという状態になった。映画とは別にこの言葉が一般に流布されたことがあった。それは山口組の当時ナンバー2であった宅見勝がフランスのパリの玄関口シャルル・ドゴール空港に降り立った時のこと。この空港は素敵なオルゴールのようなチャイムが奏でてうっとりさせられる。ビザを提出した際に当局からペルソナ・ノングラータとして入国拒否を受けたのだった。おそらく国際手配(青手配や赤手配などいくつか手配があるが)をインターポールを通じてなされていて、入国出来なかったようだ。その彼がその後どうなったかは、調べてもらえれば分かるように数奇な運命の星が彼を支配していたようだ。宅見の事務所はミナミの繁華街のど真ん中にある。そこの隣に知らないでかディスコを営業しようとした者がいたが一悶着あったかその話は潰れている。そして彼の自宅は吹田市山田南10番の小高い丘陵地の一角に豪邸があったと記憶している。何せ特別警戒対象やったから。そして今日、この題名の言葉はヤクザではなくチャイナマフィアならぬチャイナの外交官に対して用いられることになっている。それほど彼らは品格がないからだろう。表題の言葉は元々外交用語であり、警察であれば警備用語で使われている。「好ましからざる人物」であるこの言葉はラテン語であるが、いつの時代でも品格のなさが代名詞となっているようだ。

 ameba times より

 
11月23日 三十五との記念日に。ボージョレーヌーボーは今年は出来栄えが良いらしい。二人で海で飲んだ日に飲んでいる。一番小さいボトルを。美味しかった。

 高市政権になって「物議を醸している」などと揶揄するのは左翼か野党の親中議員だけであって、国民の多くはこの内閣について期待度がかなり高いと思う。前政権と比較すれば歴然だけれど、特に政調会長が記者会見すれば全く見ないで的確に答えている様は、誇らしさすら感じてしまう。G20で南アフリカ訪問中は副総理が代行を務める。その昔はG7のみだったが多くの国がそこに参加したいからだろう。日本も資源輸入国ではなくて、そろそろ資源輸出国の地位を築いても良い頃だろう。事の発端が台湾有事にあるが、それを言わなくても良い立民の岡田幹事長が高市総理に質問したことによるが、特に台湾では米国の関税政策の関係で半導体企業の中国への輸出問題が懸案事項になっている。半導体ファンドリーサービスを提供するその会社には機密漏洩問題もあるが、台湾の総統が日本食を口にしながら、日本や米国と同盟関係を深めて秋波を送っているのは、華の国の南下政策について喫緊の課題になっているからに他ならない。



2025年11月18日火曜日

歴史のIF \ 京都に原爆は落とされなかった

    前回にアメリカのワールドシリーズを取り上げた時に、ブライアン・クラース著「偶然はどのようにあなたをつくるか」という本を紹介したが、今回はもう一つのこれも最近出された鈴木裕貴著「落とされなかった原爆」を取り上げる。落とされなかった都市とは、前回の本は京都であることを歴史のイフとして紹介しているが、原爆の投下の目標となったのは京都だけではなく、他にも新潟、横浜、小倉(現在の北九州市)など20ヶ所ほどが選定されたのだった。前出の本ではのちに国防長官になるスチムソンが夫婦で京都に訪れたことが決定的な要因になったといわれた。そして京都には多くの制服組が主張して、スチムソンが大統領の随行員としてドイツのポツダムに行き不在となった後にどさくさの合間に再び京都が投下先として選ばれようとしていた。今回の鈴木氏の著作は、本来なら落とされようとしていた原爆が偶然にも京都から小倉に変更され、そして気象条件から更に長崎へと変更されて、遂には広島に次いで長崎が原爆の被災地になってしまったことが詳細に描かれている。

 敗戦の色が濃くなった時にアメリカの占領政策が図上で話し合われるようになったが、例えば天皇制や文化という日本人に固有のものを尊重して、反感を買うことを避けようとする動きがあった。重要なことは、原爆そのものを日本に投下するしないという議論ではなく、投下するとしたらどこが適当かという議論になっているという点でる。前にブログで岸田元首相が何故在任中に核兵器反対の立場を世界にアピールしなかったのかと述べたが、それはトランプ大統領が自己アピールしてノーベル平和賞をもらう行動とは違い、日本人として、そして広島県出身の政治家としてのアイデンティティーを世界に鮮明にするチャンスだったのに、そのチャ?ンスをみすみす逃した事を取り上げたのだった。トランプ大統領は先頃核実験を容認している。これでは彼は永遠に賞とは無縁だろうと推察する。





 それでは何故小倉がターゲットになったのか?記録作家林えいだいという人物が登場する。彼も小倉が何故投下目標に選ばれたのかという疑念が払拭出来ないでいた。そのうちある人の発言から「風船爆弾」の存在を知らされる。そこに細菌を詰めて投下する計画を軍部が小倉でしていたという事実に疑念の靄が薄れたのだった。
 1954年は私が生まれた年である。その年第五福竜丸がアメリカのビキニ環礁での水爆実験で乗組員が被爆するという事件が起きた。ゴジラが水爆実験の落とし子だとされているが、ゴジラは決して善の象徴ではなく、悪の象徴であることが大事である。今日本各地でまさに繰り広げられている実態は、このゴジラの脅威に似てはいないか?その黒い大きな動物が人間の住む近隣に出没する。そして警察に猟銃の代わりにライフルを貸与して防ごうとしている。悪の象徴としてのゴジラは日本列島を荒らしまくる。人間は慌てふためいて逃げ惑う。そんな映画が一昨年上映されて鬼滅の刃には到底及ばないが興行収入国内で76億円、世界では160億円を超えるヒットとなった。「オッペンハイマー」という映画も同じ年上映されているが、原爆の父と謳われた彼は原爆投下に悩み、のちに水爆実験に協力せず公職を追放されている。その後1960年には来日している。
 アメリカが広島に原子爆弾を落とした飛行機がB29であるが、「エノラ・ゲイ号」はその機種名である。「リトルボーイ」と呼ばれた原子爆弾を積んでいた。その飛行機がワシントンDCにあるスミソニアン博物館に展示されている。展示されているのは、アポロ宇宙船や世界初の友人飛行機のライト兄弟の「ライトフライヤー」、リンドバーグの「スピリッツ・オブ・セントルイス号」などが広大なスペースの中で展示されている。2005年8月にN.Y.に行ったが、少し時間があったからワシントンにビジネスジェットで飛び、三十五から贈られた絵本を胸にそのスミソニアン博物館の中を回ったのだった。飛行機が展示されているなんて日本では到底考えられないが、その空間に度肝を抜かれたことを今更ながら思い出す。

2025年11月5日水曜日

世界一は紙一重だった

    今年のワールドシリーズに初めから関心を持って見続けてきた。一つ一つの試合は録画もしていた。それなのに何故書かないのって思う人も一人や二人いるかも知れないと思って今頃になって書いてます。

 既に投稿しているけど、延長18回の狂気的なくらいのお互いの鍔迫り合いは確かに見応えがあった。キャッチャーのウィル・スミスはもう13回で足が痙攣を起こしていた。それだけに試合をモノにしたチームが優勝するかも知れないとの前評判もあった。後半はフリーマンのサヨナラHRは誰しも狂喜したことだろうけど、午前0時近くまでの延長戦に山本を連続で登板させると聞いてフリーマンも意気に感じたのだと後で述べていた。決勝戦では大谷やムーキー・ベッツは敵投手陣に抑えられていたし、11回表でずっと出場して疲労していたはずのウィル・スミスが会心のHRを叩き出した時には山本も内心安心したんじゃないかな?スミスは、どの回でもここぞと思える時にはHRを打ってきたチームにとって一番頼れる男だったんだから。でもそれだけに1番指名打者から4番バッターまで、どうしても大きな一発を狙うきらいがあったことは事実だったし、それが少しせこいと思わせた敵のトロント・ブルージェイズには有利に働いた。嫌いだったけど敵のシュナイダー監督が最後の会見で、ドジャースのロバーツ監督が山本を送り込んだ時には、流れを掴み切れなかったことを吐露していた。彼の投げる球は、かつてのヤンキースの指名打者Aロッドでさえも困難だと評したくらい、速球のフォーシームと遅い球のスプリットにブルージェイズの選手達は翻弄された。だから優勝戦ではMVPを手中に収めることが出来たんだろうけど、ただ二刀流の大谷翔平と比べると、大谷は50本のHRバッターそれに盗塁もやってしまうときているから、比べることは出来ない。今シーズンのMVPは野球界唯一(若手が一人登場しているが)二刀流の大谷にほぼ決定だと言われている。

   写真は、産経ニュースより転載

 彼らは土壇場でなぜ勝てたんだと誰しも思うが、それはやっぱりチームワークの良さではないかと思う。もちろんブルージェイズも結束力は強いが、ドジャースは日頃のそれが浸透しているように思える。例えば、フリーマン選手の息子は難病を抱えており、大谷選手が手を差し伸べてフリーマンも奥さんも本当に喜んだし、大谷がHRを高々打った時には必ずTヘルナンデスがひまわりの種を思いっきり浴びせる。これは大谷だけだし、彼も日頃家族やチームメートに感謝していることを吐露している。そういう日頃の行いが、例えば優勝戦の3回までで大谷が3Rホームランを浴びて項垂れて降板した際には選手達は思ったことだろう。誰かが、いやおれが打たなくては、そして敵の打った球は必ず捕球しなくちゃと。日頃見られないような野手の動きとなってそれは表れていたし、挽回していたと思う。6回までに2点差になった時に、日本のファンが映像を見ながらサッカーと同じで2点差ならひっくり返せると言っていた。それが実際にジリジリと追い上げていくことになった。(マンシーとロハス二人は守備で起用された)8回でマックス・マンシーの普段見られないようなHR。そして後で話す「偶然」がジリジリと忍び寄る。9回ではこれまたスタメンがほとんどなかったただロハスが登場する。まずノーアウトでKヘルナンデスがホフマンの投げた外角低めに誘われ空振りした後に、ロハスがファールフライに倒れてもおかしくはなかった。ただファールフライでストライクを数えるとその後のミゲル・ロハスは粘りを示す。ネクストに大谷が控えていたが、彼は一つボールを見送りし待った。彼には良く球が見えていたんだろう。3−2フルカウントに持ち込むとブルージェイズの観客席からもため息混じりの声が漏れた。土壇場でロハスの打った球はレフトスタンドにライナー性のフライとなり吸い込まれていった。「no way(有り得ない)!」とアナウンサーは声を出す。誰もが信じられなかった。ロバーツ監督もこれは何だと頭を抱えていた。ただこの回では続く大谷もスミスも振るわなかった。ボールの見極めが鋭いスミスが、もしも外角ストレートを見逃さずにミートしていたら9回で終わったかも知れない。球審は打者と時々違った審判を下すことがある。そして延長戦になり、遂には11回には上に書いた我らのウイル・スミスの一発の決定打となったのである。勝負はわからない。何が功を奏して優勝に結びつくのか、或いは勝負は決まったと思っていたはずが土壇場で一点で泣く事になるのか…。

 この秋「偶然はどのようにあなたを作るのか」という本を見つけた。たった一つの偶然が、歴史を変えていくというもの。この本の冒頭では、日本に原爆が投下される経緯が描かれていて、それは偶然にもアメリカ人の若い夫婦が京都を訪れたからだとされる。それは一体どういうことなのか?読まずにいられなくなる。そして爆弾投下が決まっていた京都に投下されず、小倉が投下先と決定されていたのに気象条件により回避され長崎になってしまったのだという。われわれの日常でもそのようなことは起こり得ることをこの本は教えてくれる。

 話をドジャースに戻せば、優勝後ドジャース談義がいくつか耳に入ってきている。祝勝パーティーに大谷は二時間で、酒を嗜まない山本は四時間で消えたとか日本人的な話だとか。しかし山本由伸はマイペースでいるだけだ。ノートに投げた場面を振り返り記す。データ野球ではない彼自身のやり方。そんなことが敵のHRバッターにも怖気付かないピッチングフォームの切り替えになり、リーグ戦でブリュワーズ監督でさえ唸らせたのだった。

 最終戦で敵のブルージェイズのゲレイロJr(26歳)は戦いが終わって、かなり落ち込んでいた。父親に30年ぶりかの優勝トロフィーを見せたかったのが叶わなかったからだった。チームの皆も優勝できると思い込んでいたが、人の世には期待と結果が違うことが時々ある。そうなって欲しいと思っていたら、全く違った現実が待っているんだから涙したのは彼だけではない。そんな彼の元に31歳の大谷翔平がチームから抜け出して球場内にいた彼の元にに行く。そして静かにハグをして「君達の活躍は素晴らしかった」と称えたのだ。大谷は彼にグラブを、そしてゲレーロは大谷にバットを送った。トロフィーよりも貴重で、決勝のマウンドに立った大谷の汗で重たくなったそのグラブを、ゲレーロは父親に渡したことだろう。

 他にも第二戦で山本がダグアウトで一人グローブやバット等の片付けを行なった後に敵選手にデッドボールを与えたことに心を痛めていた。それで彼はスプリンガー選手に日本の鎮痛薬を添えて謝罪したようだ。また山本は、日本人トレーナーによりこれまでの筋力重視のトレーニングではないやり方を行なっている事も注目されている。筋トレよりも柔軟さが大事ということ。昔20代の頃には私もそう心がけて柔道をしていた。そういった逸話は語り継がれることだろうが、抑えのべシア選手がワールドシリーズにおいて活躍の場が与えられなかったことはチームメイトなら誰しも心に思っていたことだろう。彼が抱えていた悲劇的な家庭内の出来事で、彼らは逆に彼の存在感を感じたことだろう。試合そのものよりも、そういった数々の逸話が今回の優勝戦に隠されていたことを改めて知った。

シュナイダー監督が山本に感服した件