2025年8月2日土曜日

真夏の夜の夢

  7月の初めのちょうど七夕の頃に田舎に行く筈が行けなくなり、7月の終わりになってしまった。すると別に意外な展開が待ち受けていた。三連休の初日の7月29日は例年のように2ヶ所のお墓参りを済ませて、途中の五条地区で買った桃を親戚に渡して熊野に出かけた。熊野市には海を見に行くのではなく海産物があり、母が好きなみかんがあるからだ。高菜(芥子菜)の漬物も買える。そしてやっと鬼ヶ城辺りに着いて、トンネル抜けたところで警察や消防車両が停まっているのが気になった。堤防に登ると地元の議員もたまたまいて聞いてみたら、後で入った情報と総合すると女子高生三人が浜に遊びに来ていた。彼らは今夏休みの合宿の最中なのだった。ここは当然大泊海水浴場と違い遊泳禁止になっていて地元の人々は近づかない浜である。理由は波打ち際から少し沖合に出たらもう水深が急に落ち込んでいるのと、よく言われる「離岸流」により沖合に一気に運ばれるからだ。議員は、気さくに話しかけてくれた。先の理由もそうだが、みてたらあの子ら波打ち際で大丈夫かと気を揉んでいたと言う。市の職員時代には船に乗り救出もしたことがあった。他の通りかかった女性たちも同じように思い、一人が流されたと聞いて消防や警察に通報したとのことだった。その後買い物を済ませ辺りを通り掛かると、最初消防艇だけだったのが、救難ヘリや海保の船艇や漁船も捜索に出ていた。警察がドローンを飛ばした時には沖合50メートルで女の子の姿を発見したものの直ぐに見えなくなったという。翌日も捜索が開始されたが、困ったことには、その日カムチャッカ半島での大地震が太平洋岸で大規模な津波をもたらし、津波警報が発令されたことにより捜索も短時間になってしまったという経緯が重なった。また同じ熊野市では津波で避難する際に車を運転中の女性が崖下に落ちて死亡するという事故も発生した。                  

 
熊野市で発生した海難事故直後の模様







 さて昔慣れ親しんだ家はもう面影もないが、ヒグラシだけが変わらずにしきりに鳴いている。お爺ちゃんが発見したツチノコはここだと石段を見てしまう。ヒグラシは昔ならもっとけたたましい合唱で夜通し鳴いていたものだが、今はそれほどでもなく、合唱も規模が小さくなっている。鮎釣りをしようと思ってもタイツとブーツが無いのに気付きあきらめた。親戚の不幸もあって大人しくしたし、全国的にもう津波警報のニュースで一日が終わろうとしていた。ちゃんと地元の神社にはお参りしたよ。三十五のこと。もうすぐまたペルセウス座流星群がやって来るんだっけ。見えるかどうか分かんないけど。自然災害より(このところ全部日本列島を素通りして中国大陸に上陸し人災と呼べる洪水をもたらしている)無駄なソーラーパネルも全部やめて、自然の懐の中で日本人が正しく生きていけますように祈りたい。

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