2024年10月11日金曜日

夢の超特急ひかり号

 

 今年「ゴジラ」が生誕70周年を記念して作られ、封切られるやアメリカで大ヒットを記録した。それにちなんでか、高校の同窓会も今年春に開かれて70周年と謳ってた、そこで知ったのは同じクラスで三人も亡くなっている人がいたこと。あの演劇部の白井も。綺麗だったのに。 その昔の、ちょうど小学4年の1964年は、日本でいろんな行事があった。中でも日本で初めて行われた「東京オリンピック」は華々しかった。10月21日に開催されたマラソンではエチオピア代表ランナーのアベベ・ビキラが2時間12分11秒2(世界新)で1着になったし、ゼッケン17の余裕の走りには誰もが魅了されることになった。(今は背番号17は全米では、大谷翔平で通ってるけど)黒人が英雄になった瞬間だった。彼は後年自動車事故により下半身付随の重傷を負っている。しかしノルウェーで開かれた犬ぞりのレースにおいて優勝を果たしている。   

                                          写真は、東京オリンピックで優勝したシーン(AFP=時事)
  

 またその年は首都高速をはじめ名神高速道路が(4年後には東名高速道路)が開通している。国鉄(後にJRと改名)はその年10月1日東海道新幹線を開通させ、その「夢のような」超特急ひかり号が「時速210キロ」を記録した。この時には学校でその勇姿を絵に描いた。アベべの勇姿も描いた。ただ入選したのは、「時の記念日」「参議院選挙投票をうながすポスター」だった。

JR新幹線60周年記念

 JRという名称は1987年国鉄が解体したからだが、昔は(私の小さな頃)自動車というものが日本で根づこうとしている時期で、人を乗せるバス運行が徐々に日本の各地方に浸透しはじめた頃は「鉄道省」であり、我が家の庭の向こうは地続きで鉄道省が経営する会社があった。「省営」と呼ばれていて、建物や車を修理するための付属の施設があった(その時の様子は私の別人格が描いたnote.comの小説「ほんの束の間のこと」に詳しい)。

小説「ほんの束の間のこと」

 国鉄といえばかつては東名高速を長距離バスが走っていてツバメのマークが車体に描かれ「ツバメ号」の愛称で親しまれていた。その国鉄が民営化された時に、「運輸省」となったのだが、前身は逓信省、鉄道省だった。それが2001年には建設省や国土庁、北海道開発庁が統合し、今日の「国土交通省」となったのだった。銀行でもそうだけど、色々な変遷を経るものだと思う。そして、その国鉄が当時経営難に陥り、どうしても人員整理してでも民営化すべき時期であったのだが、その時起こった事件が「下山事件」である。当時の状況は、連合軍(GHQ)による日本の民主化政策により色々軋轢が生じていた。特に共産党分子による列車転覆事件が立て続けに起きたりしたため、日本の中枢を牛耳っていたアメリカの機関が早期に国鉄の民営化を急いだこともあり、そんな分子により暗殺されたという説と、またアメリカの意に沿わない下山総裁を片付けたいと思ったかどうか知らないが他殺を疑う捜査機関があってもおかしくない。昨日、またこの事件を扱った新しい本が書店に並んだ。10月10日発行に合わせての新刊だから早速購入した。

 (補追;自殺説を採る警視庁の捜査一課と、他殺説を採る捜査二課と検察庁の検事が対立するが、結局一課が押し切り、事件を有耶無耶にしたまま迷宮入りすることになった。捜査一課というところは昔から有耶無耶にするのが得意なのだろうか?歴史は繰り返す。今日の10月13日やっと秋祭りは終わった。役員としてほんまに疲れた。でもどこかでほっとしている自分がいる。三十五の夢を見ながら今夜も眠ろう)

 国政選挙も近いけど、テレビはどこか偏ってる気もするし、そんな人のためにこそYouTubeがある見本みたいなチャンネルです。↓

妙法さんの中国見聞録、さすが!

 

MC183 sekaijyude ichiban taisetsunahito wa 35 san   

0 件のコメント:

コメントを投稿