2024年5月30日木曜日

サイレンススズカ、永遠なれ!

    ドラマ「やまとなでしこ」で欧介は、負債を抱えた魚屋の存続のため東十条司に土下座までして土地を取り上げないで欲しいと頼み込む。しかし願いも虚しく信金は抵当権を行使することを通知するのであるが、土壇場で桜子が許嫁に泣きついて新病院建設計画は頓挫してしまう。その後魚屋の古くからの顧客「ご隠居さん」が注文した鯛を受け取った際に欧介にサラブレッドの初勝利を数学的に占ってもらうことに。

 そしてその代金5千円が見事一着を的中させたことで50万円に化けることになるが、調子付いたご隠居さんが今度はラッキーダンという馬の占いを頼む。欧介はこれに賭けて3千万円の返済を帳消しに出来るはずと目論むが、周りのみんながそれを聞いて顔を寄せ合って欧介を心配するのだった。これまで堅実にやってきたはずの彼が、とうとう万馬券を的中させることしか方法がないところまで追い込まれてしまっているからだった。水原通訳を思い出してしまうが、結果は散々なことに。「数学の神様の結論はこうだったんですね」と言って落ち込む。そして母親は倒れ死の境を彷徨う。病院に見舞いに訪れた桜子は丁度目を開けた母親から「お金じゃ買えないたった一つのもの」で、自分の息子により幸せになれると病の床で告げられる。欧介は桜子に、父が残したたった一つの大事なものが「魚春」という魚屋だと告げる。そうであればおれにとっては、林業ということになる。おれの父は、林業指導員だった。今の時代に熊が人間を襲うなんて考えられない時代に育った人間だった。何故なら森が人間を自然という偉大な空間の中でより高みに導いていける場所だったから。そして森を守るために逮捕権を与えられていたのを誇りにもしていた。欧介の母親の快気祝いで酔っ払った親友の一人粕屋が央介に泣きながら言う。「お前みたいに10年も20年も引きずってりゃいいだろうよ。今度もまた同じことして自分を守ろうとするんだろうからなあ!たまには傷ついても前に進んでみろや!」その言葉は打ちのめすには十分で何も言い返せない央介だった。

 冒頭のサイレンススズカも当時名を馳せた名馬の中で一際輝いたサラブレッドだった。そして有終の美をその年の秋の天皇賞で輝かせるはずだった。

 1998年(平成10年)は、神戸の震災から3年経っていてwindows95もバージョンアップし、windows98になった。その年の秋、サイレンススズカ(武豊騎乗)は期待に違わず15馬身の差をつけて最終コーナーを曲がり切り、直線で先行逃げ切りのぶっちぎりの1着になるはずだった。誰の目にも秋の天皇賞を飾る優勝馬として歴史に名を留めることになるのは明らかだった。ところが運命は、そうはならなかった。直線に向かう直前でサイレンススズカの脚に異変が起きていて、そして一線から離脱した。

  写真は、「名馬&ジョッキー」より

 

 2番手にはオフサイドトラップという八歳馬、3番手にはステイゴールドが続いていた。その頃はまだワイド3連単3連複といったシステムはなく、唯一「馬連」で万馬券を稼ぐのが精々だった。おれはその2着と3着になるはずの馬に5千円も賭けていた。欧介じゃないけど、ある方程式によればそれは必ず万馬券になる予想だったから。そしてその通りになった。今でもその頃のTVの前で、現実に起こったこと、その一瞬のシーンに本当に釘付けになっている自分がいたことを思い出す。え?まさか….。ひとり意気消沈したのは騎乗の武豊だったろう。誰の目にも悪夢だったことは、場内の怒号のようなどよめきというか失望のような喚き声というか、そんな得体の知れない声の嵐で理解できた。万馬券とは、100円が百倍の10000円になる計算だ。(賭け金の5千円はJRAのPAT systemにより数分後には60万円に化けていた)通訳の一平さんだったら、それこそハマってしまい、抜けられなくなっていたかも知れないね。1998年という年は、十年以上続いたバブルがはじけて、長銀や日債銀といったエリートが行くような銀行が経営破綻して特別公的管理になり、大蔵省と日銀の職員が汚職により三塚蔵相はじめ責任者が辞任することになった年だ。今読んでいる本は、「リーマン牢獄」で、筆者の斉藤栄功氏が371億円の詐欺事件で逮捕され14年間刑務所生活を送る前の山一證券マン時代に三塚さんの秘書に食い入り証券を売りまくった当時の内情が明かされて面白い。

シンガポールの天才バイオリニストCHLOE CHUA

が演奏したのは、それから20年後の2018年だった。昨年暮れに一人で中之島のフェスティバルホールで開かれた古澤巌のバイオリンのコンサートを聴きに初めて出かけた。その感動が今度はシンガポールの天才バイオリニスト(現在は17歳)につながっている。会場で感動に包まれていたおれは、来年は三十五と一緒に聴きたいと切に思った。2018年という年は、仮想通貨を管理する会社「コインチェック」が、時価580億相当を不正アクセスにより流出してしまう事件が発覚した。日本の若者達で構成するホワイトハッカーが犯人のマネーロンダリングを追う。犯行は北朝鮮のラザルスなのか未だ判然としないが、盗んだネムを全て短期間で別の仮想通貨に変えてしまった。悪が悪いということならバブル期の証券マンらは野村證券はじめ酷かった。長銀などの銀行マンしかり。この年森友問題が噴出し、平成最後のオウム事件の死刑囚十三人が死刑を執行された。つまり国は30年間の平成が終わるにあたって、令和になる前に定められた執行を直ちに行うことが喫緊の命題だった。

 いつの世でも政治家だけでなく、甘い汁を吸う役人や金融業者、民間のエリートと称される者達は必ずいるものだ。熊が人間を襲うだって?一体どの口が言うのだろうか?もう別に食われたっておかしくないところまで来てるんじゃないの?


仙台市の秋保地区に「国内最大級」の太陽光パネルの製造工場などを建設する構想があることがわかり、地元住民らが反対に出ていることが分かりました。(2024年5月30日TBC東北放送のニュースより)

そして驚愕のニュースがもう一件飛び込んできた。

暗号資産(仮想通貨)交換業者DMMビットコインは31日、ビットコインが不正に流出したと発表した。流出額は482億円相当。デジタル資産プラットフォームに対する過去最大規模のハッキングとみられる。(2024年6月1日Bloombergのニュースより)


追記;「桜子はおれに会いたくないんじゃないかなあ?」と桜子の父親が、娘に9年も会っていないんだからと欧介に頼りなげに言うシーンがある。この間、突然のことだけど16年ほど会っていない娘が現れた。おれのお袋も97に今年なったからか、赤ちゃんを抱いて訪れた。お互い目を合わすことは出来なかったけれど、俄かにだったけど母と二人でお祝いしたり(子は鎹って言うし)、彼女の姓を名乗っていた旦那さんにも挨拶したりもした。お袋が抱く時赤ちゃんの頭を支えたりした、まだ頭座ってないから。まあお袋にとってもそれは良かったし、おれにとっても良いことなのかも知れない、区切りをつけに来たんやと思う…。息子にはそれ以上「会っただけで十分やから。じいちゃんにはならんからな」とことわりを話したら笑ってた。だって嫌だよ急に老け込むのもさ、まだまだやらなきゃいけないことたくさんあるんやから。今年は良い年になる予感がある。あとは繋がってるお前とお前の娘さんに会わないといけないね。

MC183


2024年5月20日月曜日

ポジティブな自分と別な自分がいる

 「ほんとに申し訳ないって言うか、心の中で合唱した」

「どうしたの?」

「今日さ遅帰りやから、最寄りの駅に着くのはもう夜の九時半ごろになってしまう。朝もそうだけどね、だいたい車が急いで出勤しているからさ、間隙を縫っていつもの交差点を渡る分け、それはいつもそうだから」

「それで?」

「もうこれは昔から習い性になっているっていうか、自分の性(さが)みたいなもんで、今日も駅を降りて、踏切を渡って自宅への道に向かう時、一箇所その交差点があって、そこを横切るタイミングを歩いて見計らってたの。すると、どう言うわけか、今日に限って、かなり向こうから、この人渡ると思っていると見えたからなのか、(最近左足を酷使して痛めているって分かったからなのか)速度を落として乗用車が停止したのよ自分の前で。まだ交差点に達してないし、やっとそこに来ても、自分の気持ち的には『どうぞ先に進んで下さい』って手で合図してる。待ってくれたよその人、でもダメなん、こちらが渡らないから、おれがどうぞしてるし、せっかく待ったのに、だから車は仕方なく発進した」

「それで?」

「それを車の後方で見てた二輪が、近づくなり速度を落としてさ、また直前で停止して渡れっていう感じ。仕方ないからお辞儀して渡った。きっと前方でさっき待ってくれてた車の運転手さんもその光景を見てたんじゃないかなぁ」

 時々そういう意固地な性格がさ露呈してしまうん。多分仕事をしてる身だから今でも。嬉しい事ばかりではないし、どっちかというと自分の嫌な面ばかりが心の中でどうすることも出来ずに渦巻いているんだと思う。分かってるよ、田坂教授が言うようにpositive に振る舞わないといけないし、運勢的にもダメだと分かってるけど、そんなシーンに出くわすと、いえいえ自分はそんな人間ではないし、そんな扱いされたら困りますっていう気持ちが先行してしまうだよね。ほんとにもう人生でこれ以上ないというような素敵な女性でも自分の前に現れでもしない限り(それは他でもない三十五しかないけど)性格は変えられないような気がするん。だからその人には後々申し訳ない気持ちでいっぱいになるし、手を合わせるしかないの。

 もちろん自分が運転している時なら待つし、歩行者や自転車の人を優先して通してやるよ。いいことしたら一日良い気持ちになるものだしね。それを人にも奨励したい。ほとんど交差点を曲がる直近で指示器出す人ばっかだからね。それがどうしてなんだろう。特にあるタイミングで自分にされたらひん曲がった気持ちになってしまうなんて。よっぽど、過去に相当ひどいっていうか悪い自己犠牲的な怨念を背負ってしまったんだろうと思う。おれってそんな人間じゃないですから、そこまでされたら困るのでというような自己否定が起きてしまうんだよ。悲しい記憶とか、人は満たされないことが続くと、そういうことが勝手に身について身体の中まで染み込んでしまうもなのだ思う。

 ただ、家に帰って、また「やまとなでしこ」の最終話を見ると、つい涙してしまう自分がいるし、癒されている自分もいる。桜子がお前と被ってるし、ああ何てことを、取り返しのつかないことを、なんてね。どうして素直になれないんだろう。お前の前なら変わるんやろうか?お前の前なら生まれたままの、素直な自分に戻れるんやろうか?

DIYで作ったWベッドと壁紙。こんな広いベッドで今一人寝ている。早く来ないかなぁ…。


MISIA “everything”


そう言えば、来年のことやけど、「ボーン」の新作が公開されるみたいやけど、一緒に観に行かない?それまでには松下幸之助が言ったように「素直な心」になっていると思うから。

2024.7.20追記、最近あのドライバーと思う、止まってくれてた。照れて、手を振って挨拶して彼の車の後を通った。

「なぜ私がそのように素直な心の大切さについて、くり返し述べてきているのかといいますと、私は素直な心というものこそ、お互い人間として最も好ましい生き方をもたらすものではないかと思うからです。」(松下幸之助「素直な心になるために」より)

2024.5.20

MC183

新中東戦争のゆくえ