今年もこの季節がやってくる。ここに最近書店で買った本が2冊ある。いずれも6月4日が焦点の日だ。一つは、満州事変。1928(昭和3)年6月4日。日本がこの事件を契機としてまっしぐらに日中戦争、そして太平洋戦争へと走り抜けていくことになった歴史の転換点となった日である。ちょうどその日奉天にある大和ホテルに著名な日本人が二人滞在していた。そしてこの二人が歴史の生き証人となった。与謝野晶子と鉄幹夫妻である。ホテルはちょうど南満州鉄道の奉天駅の上に建てられていた。大きな爆発音と共に夫妻のもとに次々と情報が寄せられる。どうやら張作霖が乗った京奉線列車が爆破され、死者多数が出ているというもの。
GoogleAI 満州鉄道(満鉄)は、日露戦争の勝利(1905年のポーツマス条約)によって日本がロシアから獲得した中国東北地方(満洲)の権益を管理・経営するために、1906年に設立された半官半民の国策会社です。
その後日本は満州に関東軍を置き、日本の権益を拡大していくことになる。「満州は日本の生命線」と呼ばれるくらい、その後の日本の現地における天然資源の活用やホテル建設を含む都市計画などいわゆるライフラインに基づく政策が行われた。しかし戦後も政府に騙されてか「満蒙開拓団」と称して満州に二度目の夢を見せて植民地とでも言えるような政策を行い現地住民の土地を蹂躙した悪しき歴史が消えずに残っている。ブラジル開拓団の話はここでは省略する。
もう一つは中国国内では禁忌或いは決して口にしてはいけない日として刻印されている。10年ほど前に私も、北京の中心地である紫禁城(The Forbidden City)へは足を踏んだが、天安門広場へは行かなかった。この広場にはその日最大限の労働者や若者が集結していた。それは6月4日に先立つ1989年4月15日、この日に胡耀邦が亡くなったことによる。彼と趙紫陽の二人は改革政策を打ち出し、保守派と対立していた。つまり彼らの「改革」は北京で封じられていくことに繋がった。そして幾千人あるいは幾万人以上もの若者たちが犠牲になったとも言われている。歴史は繰り返す。

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